◆◇エゾシカは強く美しく「エゾシカの森」を読んで


 

エゾシカとは、かくも美しく強く機動性に満ちた生きものだったのか。札幌エルプラザの情報センターで借りた本をご紹介したい。

 

タイトルは「エゾシカの森」(永田洋平著 偕成社)。著者が注ぐ北国の動物たちへの想い、事象の本質を見極める目の確かさに圧倒される思いがする。しかも、文体は平易で詩的。優しさに満ちた文章は読む者の心を魅了せずにおかない。以下に要約するが、是非一度、実物を手にとってお読みいただければと思う。


「本当の意味で強い動物とは」

唐突だが、冒頭から著者の言葉を引用させていただく。私情を入れることで著者の真意をゆがめては本末転倒。そのままをお伝えしたい。

「エゾシカもエゾウサギも、オオカミのような頑強な牙も持たず、ヒグマのような強大なからだも腕力ももたず、いずれもバネのような脚力と、しなやかさと、軽快なその疾走力によって、終始、敵から身を守ることに徹してきた動物である。(中略)ほんとうの意味で強い動物とは、腕力や牙ではなく、いつの時代にも適応能力を広くもち、自分の子孫を安全に、かくじつに後世に残していく生き物であることをこれらの動物たちが身をもって教えているのである。」(「はじめに」から原文のまま)


西興部村提供
西興部村提供

「エゾシカの機動性」

次いで、エゾシカの俊敏で繊細な習性が抒情的に語られる。時速70キロ以上ものハイスピード。一直線に疾走する駿足は、立ちはだかる障害をものともせずに、低地の沼の岸であれ、森であれ、岩場や峡谷さえも、きゃしゃな足で息も乱さず越えていく。時には、3~4メートルもある岩や氷のクレパスさえも生まれ持ったジャンプ力で飛び越えていく…というくだり。ほかの動物には真似ができないであろう息をのむような光景が目に浮かんでくる。著者は「この生き物に羽が生えていないことが不思議に感じられる」と述懐している。

 

「移住性動物の愛とせつなさ」

エゾシカが子どもをもつのは、毎年6月から8月の夏のさかりの頃。しかし、強力な牙や腕力もなく駿足だけに頼って生きていくエゾシカに悠長な子育ての時間はない。生まれたてのベビーも分娩後の母親もいち早くその場を立ち去らなければならない。生まれて一時間ほどなのにおぼつかない足取りで藪の中から飛び出してきたヤンチャ坊主を母親が小突きながら必死で藪の中に追い返す。 

 

「それ以外に、何ひとつ、身を守る安全な方法はないのである。とにかく、その場から去ることと、早く走ることを身につけることが至上命令なのだ。」(P27 11~13行)

移住性動物に課せられた過酷な宿命か。哀切さが心に突き刺さる場面だ。


「エゾシカはどこから来たか」

5万3千年前、ウルム氷河期の初期、陸続きであったシベリアや樺太から北海道に渡ってきたとされる。明治の初期には、数十万頭も生息。しかし、明治12年と36年の二度にわたる大雪の災害で野生シカは人目につかなくなったが、絶滅したわけではなく、昭和40年ころになると北海道の東部で見られるようになる。一頭の逞しいオスジカが群れを統率、その周りに小鹿を連れたメスジカが従っている。生まれてくるオスジカとメスジカの比率は同数だが、成長するとオスジカは群れを追われる。追われたオスジカは新しいハーレムを作る。このサイクルを繰り返しつつ彼らは領地を広げていくという。

 

百年前の天敵はエゾオオカミとアイヌの人たち。しかし、明治初期の災害でオオカミはほぼ、絶滅。残ったオオカミも放牧馬を襲ったのでヒトの手によりに毒殺された。更に、アイヌの人たちが狩猟生活をやめたことと、国が禁猟の法律を制定したことで、エゾシカには幸いが重なった。

「強大な牙や腕力だけでは、けっしてこの地球上に君臨できないという教訓をここにものこしたのである。事実、食性が肉食よりも植物性、あるいは雑食性の方に自然はいつの時代にも、より大きな支援を与えている」P18 10行~13行 原文のまま)

 「ちなみにウマは草や穀類しか食べないが、エゾシカはそのほかに、樹木の皮やその葉や、キノコのような菌類や、地衣類」まで好んで食べるし、ときには肉でさえ食べる。」(P23 12~13行 原文のまま )

                                


西興部村提供
西興部村提供

「からだのひみつ」

シカは偶数の足指をもつ。凍った地上から、木の実や草の根をひっかきだすにはふさわしいつくりをしている。ことに、水草をこのんで食うこの動物は、クマでさえ嫌う水の中にも平気ではいっていく。こうしたとき、この動物の細い足は、深く泥や砂につきささるが、かえってこのことが、泥や砂の中にかくれている植物の根の、みずみずしい部分を掘りおこすのに役だっているのである。」(P24 1行目~9行目原文のまま) 

 

エゾシカを野生地で遠くから見分けることは難しい。その理由は毛の色が地味であること。それが背景に溶け込んで彼らを保護している。

 

角はオスジカだけがもつ。「毎年、冬の終わる頃に抜け落ち、春の始まる頃、また、新しくはえかわる。」(P31 1~2行 原文のまま)この角は、外敵から身を守るためというよりは、繁殖期にメスを争ったり、縄張りを争うオス同士の戦いや誇示のための道具だと考えられているようだ。

 

更に、「シカ狩り」の章で、アイヌの人たちが、その昔、どのようにエゾシカを捕えたかが語られているが、ここでは割愛する。

 

美しい文章。まさに、胸キュンの世界だった。この世に、これ以上の優れた野生動物がいるのだろうかとさえ思えてくる。エゾシカは間違いなく北海道の誇るべき財産だ。さりとて、現在の状況では放置できないことも事実。生態系のバランスをこれ以上崩せないところまで来てしまったのだ。哀しいことである。