「エゾシカを知り、共生を考える」2020.2.29

― Sharing Hokkaido With the Ezo-Deer ―」


「中央大学・高校生地球環境論文賞入選」

藤女子高校1年生の湯村晃尚美さんが中央大学の第19回高校生地球環境論文賞に応募し、見事入選しました。その全文を掲載いたします。

入選後、湯村さんは当倶楽部に入会されました。


西興部村の写真
西興部村

私はエゾシカが好きだ。ふかふかの温かそうな毛に身を包み、大きな角が生えたエゾシカには神々しさを感じる。

2008年、私は家族と北海道の道の駅108箇所(当時)を全て回った。幼い私が一番心に残っていることは、道路にも崖にも数え切れないほどの野生のエゾシカ(以下、鹿)をみることができた、知床だった。


それから9年後の2017年、再びその場所を訪れたのだが、鹿を見つけることはできなかった。

翌年5月、稚内(道北)に足を運ぶと、驚くような光景があった。結論から言うとたくさんの鹿がいた。しかしそれは、普段鹿が生息しているような草原の中だけではなく、手を伸ばせば触れられるような、人間の生活圏に。



道路沿いの公園を鹿が占拠し、群れを成して堂々と道路を闊歩する鹿。草むらにいた二十頭ほどの群れに近づいてみたところ、春に生まれたばかりと思われる仔鹿と母鹿、角が生えてきたばかりの雄鹿。警戒した様子はみせたものの、座ったまま逃げる様子もなく、人慣れしているように感じた。 知床の鹿は減っていたのに、稚内の鹿が増えているのは何故なのだろうか。300km以上離れた両地域で、何が起きているのか調査した。


稚内の写真
稚内

知床は、海から陸へとつながる生態系が分かり易くみられること、希少な動植物の生息地となっていること、そしてこれらを保全していくための管理体制が整っていることが評価され、2005年に世界遺産の認定を受けた。

しかし、増え続ける鹿による希少植物への被害が問題となり、林野庁などは2007年から知床半島鹿保護管理計画を立案し、鹿の個体数や植生への影響などをモニタリングしつつ、個体数調整を含む手法により鹿の植生に対する影響の軽減を目指している。

今回、知床財団石名坂さんに知床の鹿の頭数推移について伺ってみたところ、やはり知床の鹿は減少傾向にあると回答をいただいた。

環境省や林野庁の公共事業として継続的に捕獲していることが大きな要因とのことだった。私が鹿が沢山いると感じた2008年は、本格的な捕獲が始まった時期と重なる。

ヘリコプターでしか辿り着くことが出来ない知床岬から捕獲実験が進み、初めは順調に捕獲が進んだが、徐々に鹿の警戒心が高まり捕獲率は下がった。そのことから金網柵を整備し、鹿の逃走方向を限定することで、捕獲数は劇的に増加した 


安平シカ公園の写真
安平シカ公園

さらに知床岬以外の地区でも囲い罠や狩猟による捕獲が進み、2007年からの12年間で合計3,606頭もの鹿を捕獲している。(※1)減りすぎることのないよう科学的な根拠を基にしっかりと管理が行われているが、町では「鹿が減り、庭の草が食べられなくなったから、数年ぶりに草刈をした」と話す方もいた。

次に、稚内についてインターネットで調べたところ、市街地に現れる鹿がここ数年で急激に増えているということがわかった。そこで、稚内市役所に現状を尋ねることにした。直接お話をする場を設けてくださり、さらに稚内猟友会の方からもお話を伺うことが出来た。まず、市街地では猟銃による捕獲が出来ない。山から市街地へとおりてきた鹿は、駆除のための銃を向けられることなく過ごせたことから、市街地は安全と認識している可能性がある。鹿対策として有効な電気柵や有刺鉄線も、市民の安全性を考慮すると設置は難しいという。市民の憩いの場であるパークゴルフ場では、草を食べる鹿の糞害も多いというが、「ある意味、鹿と人が共存している理想的な光景」と市民の方は穏やかだ。(※2) 


しかし、稚内でも鹿による農地での食害や、交通事故が問題となっている。

これまで稚内では、くくり罠や、鹿の潜む雪山をスキーで一気に滑り、鹿を追い込む一斉捕獲などの対策を行ってきた。5年前には、鹿の天敵であるオオカミの尿を使って侵入を防ごうとしたが効果はなかったという。エゾオオカミが絶滅してから一世紀以上経過しているため、そのにおいは鹿にとって初めて嗅ぐにおいであり、危険性がわからなかったのではないかとのことだった。 


そこで2017年から新たな対策として、麻酔薬をしこんだ吹き矢による捕獲が始まった。これは知床財団から倣った手法で、市街地でも使うことができ、実際に知床で効果が上がっている。2018年春には吹き矢を前年の倍の長さにし、7~8m程飛ばせるように改良したことで、離れた鹿も狙えるようになった。

更に、2018年秋からは捕獲した鹿にGPSをつけて行動を記録する実験も始まっている。私は吹き矢の長さが想像以上に長くて驚いた。これらの新たな対策に期待したい。市街地特有の対策が必要な稚内だが、知床での対策をモデルとしており、いわば知床は北海道の生物多様性保全の最先端といえる。


知床、稚内 両地域を調べ、私は「エゾオオカミの絶滅」「農山村の衰退」「狩猟者の減少」「鹿の繁殖力の高さ」が主な要因だと考えた。他にも様々な要因を挙げることは出来るが、「人間」が大きく起因していることだけは確かだ。鹿を捕食できるのは人間だけになった現在、増えすぎた鹿の個体数を計画的に管理していく責任がある。そしてその命を無駄にしてはいけない。


近年、ジビエ料理への関心が高まり、私の住む札幌でも鹿肉を扱うジビエ料理店が増えたので、様々な料理を食べてみることが出来た。その中でも、鹿肉のステーキはとても柔らかくクセはない。例えるなら、マグロの刺身に似ているように感じた。また鹿肉には、「低カロリー」「低脂質」「鉄含有率の高さ」などの魅力がある。更に肉アレルギーの人にも朗報がある。人工的に、且つ、無理やり大量に飼育した肉はアレルギーを起こしやすいとされるが、自然の状態で育った鹿肉なら、アトピーなどのアレルギー反応を起こさないケースが確認されている。(※3)

北海道エゾシカ倶楽部の武田さんから、興味深いお話を聞いた。道民一人あたり年間たった300gの鹿肉を食べるだけで、捕獲された鹿肉を無駄にすることなく消費出来るというのだ。(※4)

これは実現可能な消費量だと感じる。学校給食に活用することが出来れば、尚実現に近づく上に、現状を理解してもらい、命について考える道徳教育にもつながる。 


食肉にすることが出来ない部位はこれまで廃棄されていたが、民間企業の努力によってペットフードに利用されるなど、食肉利用以外にも期待が高まっている。その一つが鹿の角だ。硬い鹿の角を噛ることで犬のデンタルケアにもなり、噛む欲求が満たされ、家具や壁を噛んでしまう予防にもなるとして、犬用のおやつや玩具に活用されている。


海外研修でオーストラリア・アデレードに行った際、動物園に鹿を見に行くことが出来たのだが、そこにいた鹿はエゾシカより身体も小さく、角も細く短かった。驚いたことに、オーストラリアでは鹿の角を販売する目的で鹿牧場を経営しているところがあるという。(※5) 

この鹿牧場を経営するジョンさんは、角を個体別に30年以上記録している。大きな角を作る研究を行っているジョンさんはエゾシカの角が立派なことに注目した。しかし、日本では鹿の輸出が認められていないため、現状を打開したいと、北海道エゾシカ倶楽部を訪れたほどだ。(※6)エゾシカの角は、海外からも注目されるほど価値のあるものなのだ。


ここまでは、捕獲した鹿の活用について触れたが、人間と鹿の住み分け方法も模索してみたい。

野生動物の宝庫であるオーストラリアでは、どのように住み分けがなされているのか。

オーストラリアには、ディンゴと呼ばれる野犬が生息している。1880年頃、南オーストラリアの1つの羊牧場では、1年間で11,000頭以上の羊がディンゴの襲撃被害に遭ってしまった。そこで、オーストラリア大陸を横断する世界で一番長いフェンスが設置されることになった。フェンスは、ディンゴが殆ど駆除された南東部地域と、羊牧場の多いクイーンズランド南部を全長5,614Kmもの長さで守っている。これらの地域ではディンゴによる被害が減少し、住み分けに成功していると言える。


安平シカ公園の写真
安平シカ公園

北海道でも同様に、電気柵やネットフェンスが設置されている。その長さは北海道全体で計1,642Km以上にもなり(※7)、これは稚内~熊本間の距離に匹敵する。しかし、車との衝突事故は2018年、北海道全体で2,834件にのぼり、3.5時間に一度事故が起きている計算になるのだ。(※8)運送事業者やレンタカー業者ではこのような状況を受け、一定速度で走ると鹿の嫌がる超音波が発生する「鹿避け笛」を設置している企業も増えている。(※9)

そもそも鹿はなぜ道路に出てきてしまうのだろう。多くの道路脇には鹿が好む牧草類が生えているため、食べに寄ってきてしまうことで事故が起こるケースが多くあるという。鹿は硬い芝生や毒性のあるスイセンは好まないので、この習性を活かし、地域で協力して道路脇の草花を植え替えることで、抑制につながるのではないだろうか。学校での課外活動としても取り組めるだろう。


留萌黄金岬 の写真
留萌黄金岬

北海道に住んでいる私にとっては身近な存在と思っていたエゾシカだが、こうして調べてみることで、改めて気づいたこと、初めて知ったことが多くあった。

今回は触れられなかったが、これまで動植物の生態に関わる基礎的な調査・研究に十分な投資をしてこなかったため科学的な裏付資料を揃えることは不可能に近いという。また、鹿を資源として活用するためには、人手や資金不足、活用したことによる環境改善効果の不透明さなどの課題もある。

エゾシカも人間も、すべては同じ地球で生きる「ひとつの命」なのだ。「知性」と「心」を持つ、私たち「人間」がこの地球の同胞に対して出来ること、なすべきことはまだあると考える。

私はこれからもエゾシカに寄り添い、共生していける北海道を目指し、豊かな生物多様性が保たれた未来をつくりたい。


◆参考


※1 斜里町立知床博物館の「知床博物館研究報告」特別号1 公益財団法人 知床財団 主任研究員(保護管理部長) 石名坂 豪(2016年)

http://shiretoko-museum.mydns.jp/_media/shuppan/kempo/s103s_ishinazaka.pdf

※2 北海道)パークゴルフ場はエゾシカの「楽園」 朝日新聞 (2018年10月25日)

https://www.asahi.com/articles/ASLBS4J56LBSIIPE012.html

※3 食物アレルギーと鯨肉の効用 角日 和彦 (「勇魚」第7号、1992年より)

http://luna.pos.to/whale/jpn_kaku.html

※4 (一頭からとれる可食部分:約20kg)×(エゾシカ捕獲頭数:約12万頭/2018年度 )÷(北海道人口数:約533万人/2018年度)= 約450g その6割程度の消費をおおむね目標達成値としている。 

公益社団法人 札幌消費者協会「北海道エゾシカ倶楽部」

住民基本台帳人口・世帯数 北海道 報統計局統計課  (最終更新日:2018年2月7日)

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tuk/900brr/index2.htm

※5 オーストラリアと北海道のシカ事情!(公益社団法人 札幌消費者協会「北海道エゾシカ倶楽部」)

※6 エゾシカを見たい!オーストラリアからお客様(公益社団法人 札幌消費者協会「北海道エゾシカ倶楽部」)

https://www.ezoshika-club.net/

※7 鳥獣被害防止総合支援対策事業の評価報告(平成27年度報告) 北海道 農政部生産振興局技術普及課 (最終更新日:2019年8月6日)

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/gjf/kankyo/tyouzyuuhyoukahoukoku.pdf

※8 平成30年 エゾシカが関係する交通事故発生状況 - 国土交通省 北海道開発局 (2018年5月9日)http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/est/index/H30_jiko.pdf

※9 エゾシカ衝突事故、全道で04年以降最多 事業者が運行時間帯を変更も - 物流ニッポン (2018年5月17日)

http://logistics.jp/media/2018/05/17/2480

◆参考文献

エゾシカは森の幸 人・森・シカの共生(大泰司紀之・平田剛士 著/北海道新聞社)

日本のシカ 増えすぎた個体群の科学と管理(梶 光一・飯島 勇人 編/東京大学出版会)

北海道ワイルドライフ・リポート 野生動物との共存をめざして(平田剛士 著/平凡社)

シカの飼い方・活かし方 良質な肉・皮革・角を得る(宮崎昭・丹治 藤治 著/農山漁村文化協会)

Q&A はじめよう!シカの資源利用(丹治 藤治 著/農山漁村文化協会)

◆取材

稚内市役所 農政課 高林 敦 氏、小川 隼希 氏(取材日:2018年5月13日)

稚内猟友会 野口 氏(取材日:2018年5月13日)

Hywood family(Adelaide/Australia Host family)(取材日:2018年8月5日)

酪農学園大学 副学長 石島 力 氏、環境共生学類 学生の皆様(取材日:2019年6月15日)

公益社団法人 札幌消費者協会「北海道エゾシカ倶楽部」 武田 佳世子 氏(取材日:2019年8月8日)

公益財団法人 知床財団 石名坂 豪 氏(取材日:2019年8月8日)

本校の公式HPはこちらから

http://www.fuji-gjshs.jp/