◆◆◇印伝との出合いと甲府の想い出◇◆◆


北海道エゾシカ倶楽部会員  小林 孝子


印伝のトンボ柄がま口の写真
トンボ柄がま口

 もう20年以上も前のこと仕事上の先輩で山梨県甲府市に住む友人からある日贈り物が届いた。

何だろうと包みを開けると印伝の財布が2点入っていた。一点は黒地に幾何学模様の漆の赤で模様を施したもの、もう一点は青地に同じく漆の黒で模様を施したものであった。それは単に財布というより落ち着いた色彩が施された中にも光沢を放った美術工芸品のような感じで品格が漂いしばらく見つめていたことを想いだす。


 それから暫くして友人宅のある甲府市に旅行をすることになり、札幌から空路東京を経て静岡県沼津市に一泊し、翌朝車で甲府へ向かった。途中、富士山の伏流水が湧き出た忍野八海や絶景山中湖と富士山を感激の思いで眺め、昼食時には武田信玄公が野戦食にしたと伝えられている山梨を代表する郷土料理「ほうとう」を味わった。ちなみに、「ほうとう」は幅広の生めんに南瓜や季節の野菜、竹輪、揚げ、肉類などを入れて煮込み、味噌で味付けした煮込みうどん。炭水化物・蛋白質・ビタミン源の野菜・発酵食品の味噌を集結した温かい一杯がひと働きさせてくれそうな元気のでる美味しい食べ物だった。再び車を走らせ夕方近く甲府に到着すると、職場関係の女性職員が集まり合計10人程度で懇親会を開いて下さったのも私には思わぬハプニングでうれしく楽しかった。

 友人宅でも心のこもった歓待を受け、快晴の翌朝、甲府を見渡す絶好の場所があるというので行って見ると甲府市街とその彼方に脈々と連なる南アルプス連邦が見えた。

 3000m級の高峰が連なる山脈と甲府盆地の眺望は前日見た富士山とは全く違う眺望絶佳の光景で美しい日本を感じさせた。

アルプスの山の中には日本鹿が多数いて環境改善のため対策がとられているとのことでもあった。 


南アルプス連峰と甲府市街の写真

 

 

 

南アルプス連峰と甲府市街



 

 その後、郷土の英雄武田信玄公を祀る「武田神社」を参詣し、国の特別名勝「昇仙峡」で遊び、 ミレーの美術館といわれる「山梨県立美術館」で“種をまく人”、“落穂拾い”を鑑賞したりなどして楽しい一日を過ごした。       

山中湖と富士山

 

 

 

山中湖と富士山



 また、出逢う人々がスピーディに話す甲府弁が面白く、楽しく、温かく、いいなぁと思ったことと、喫茶店では店で飼っているらしいシックな染物のような黒と赤茶の色調の甲斐犬が親しげに寄ってきてコーヒーについていたクリームをジーと見つめるので舐めさせたのも楽しい出来事だった。

 甲斐犬は気性激しく、飼い主にのみ心を許し、尽くし、命がけで守り抜くという性格なのだそうだが出逢った犬は穏やかで静かな雰囲気の持ち主にみえた。天然記念物だそうで成る程、格調と毅然たる凛々しさを感じさせる犬でもあつた。

惹きつけられる魅力を感じ犬を飼うなら絶対甲斐犬!と思ったほど格好良かったが諸般の事情で実現していない。


 

甲斐犬 

気位が高く他人には決して媚びない

武田神社の写真
武田神社


 あっという間に時は経ち、帰札の時間がきて甲府駅に着くと既に東京行き「あずさ2号」がホームに入っていた。車内は満員状態、座席確保に動く私たちを目で追いながら最後まで見送ってくれた彼女も移動しているのが見え、やっと手を振りかけたとき列車は動き始めてこれが彼女との最後の別れとなってしまった。

 こうして、20年以上も前のことを比較的容易に思い出すことが出来たのも素敵な印伝との出合いと数年前に世を去った先輩の導きであったかも知れない。

豊かな歴史、諸文化、自然、動物、人々 … 美しいものを沢山見せてくれた山梨県甲府ありがとう、と今改めて振り返る。


 

 

  山梨県立美術館

山梨県立美術館の写真
種をまく人(ミレー)の写真

 

 

種をまく人(ミレー)



 さて、贈られた印伝の財布は日常遣いなんて勿体なくてできないという気持ちだったが、結局、通勤鞄に入れ毎日持ち歩いた。赤くて美しい財布は持っているだけで楽しい。ある日、漆の模様が欠けていることに気がついた。大切なものを傷つけてしまったような思いで反省し、本棚の引き出しに保管して時には見たり思い出したりしているだけの状態が続いていた。これからは私と印伝を結び付けてくれて甲府の地で永遠の眠りについたやさしく、親切だった先輩と共にあるべく身近に持ち続けたいと思う。 


 

 

23年目の印伝革財布



 甲州印伝とは山梨県に400年以上に亘り伝承されてきた鹿革に漆で紋様をつけた伝統工芸品で戦国の頃は鎧、兜、胸あてほか武将の装具に利用され、武士はこれらの装具をつけて「われ出陣に憂いなし」と奮い立ったのでありましょう。

 そして、江戸時代、明治時代を経て時代のニーズに応えながら今ではかばんや小物入れ、名刺入れ、ベルトほか主に生活必需品の作成に移行しているということである。また、地元専門家の話によると甲州印伝がこの地で長きに亘り継承できたのは甲府盆地が高温多湿で、甲州漆が乾く良い条件があったのがよかったという。甲府は山国、往時は山を越え行きかう人々の買い物の場所であり印伝の店舗、工房が軒を並べていたが今はそれらの工房や店舗は一軒のみとなってしまったそうである。生活必需品と伝統工芸を両立させ文化的資産ともなっている甲州印伝がこれからも時代を超えて長く継承されていくことを願う。              

 当倶楽部はエゾシカ革の利活用を活動目標の一つとしているが、この度、甲府の伝統工芸品となっているシカ革を加工した印伝の作品が話題となり自らも所有している印伝革財布を思い出し、当時の想い出を旅の想い出と共に記してみた。        H 31. 1