◇◆◇ カラスの誕生とその顛末

     ―この身近な野生動物との関わりあいの中で―


(一社)札幌消費者協会 北海道エゾシカ倶楽部部員  小林孝子


 6月のある日、買い物帰りの荷物を両手に持った隣家の奥さんが我が家の玄間に駆け込んできて「奥さん!お宅の庭の樹にカラスの巣があるのをご存知ですか?そばを通ると親が攻め立ててくるので怖いです」。私はすぐ隣の奥さんと外に出て一体どこに巣があるのかと樹の周辺を探しましたが発見できません。庭の樹というのは高さ30m以上に成長したトウヒの針葉樹で、以前に一度ヒヨドリが営巣したことがあり、家族でヒヨドリの子が巣立つまで見守ったことがある。私は、自宅の庭なので毎日のように出入りしこのトウヒの傍を通るためカラスとしては敵対の的にほかならない。

 


さて巣の所在は不明の中、時が経つにつれ庭に近づくだけで親ガラス二羽がけたたましく鳴き叫び、どのようにして覚えたのか家族の顔、姿を認識して外に出ると頭をめがけ低空で襲ってくる。この様な日々が続いた後、どこから見ているのかベランダに出ただけ、窓際に立って外を見ただけ、さらには窓側のデスクに座っただけでも同様の行動をするようになり、ゴミ出しは勿論、服装を変えて外出から戻る際も数百mも先から待ち伏せされ、追いかけられ、果ては頭上の樹から葉をちぎって振りまくなど攻撃スタイルはエスカレートの一途となった。親鳥二羽の連携は完璧で電線の上にピッタリ身を寄せ嘴を交差若しくは触れ合って鳴き交わし、その直後目標めがけて飛び立つという行動はまるで打ち合わせを終えて計画どおりの行動を実行しているかのようである。

恐ろしいのはその武器! ガッチリした太くて大きく硬そうな嘴と鋭い脚の爪、その装備を持って背後からいきなり攻撃されると思わずゾーとするほど気味悪く身の危険を感ずる。でも、と思った…自分はホモサピエンス、知力を持って負けるはずないぞ…と。

それにしても、その賢さと子を守るための鉄壁!といっても過言ではない迫力の行動は只々すごいわ、と感服させられる。


そのような日々を繰り返すうち、あっという間に時が経ち、そして7月8日朝、子ガラスが一羽遂にその姿を現わした。親ガラスよりひとまわり程小さい程度の大きさで、いつの間にこんなに大きくなったのだろうと感心するほどの成長ぶりである。1日中親鳥の監視と見守りの中、枝の上に止まって只々ジーとあたり周辺を観察している。親鳥は巣立ちを促すように声をかけるが幼鳥は自信がなさそうで動かない。

翌朝、外出の矢先、目の前で力強い羽ばたき一転、巣立ちの一瞬を目にした。快晴の青空に漆黒の両翼を大きくひろげた子ガラスの精一杯の勇姿は、抜群のコントラストが印象に残る美しい巣立ちの瞬間であった。

しかし……巣立ちは失敗した。隣家二階の外壁に激突したあとコンクリート  の地面にたたきつけられ短い命を終える結末となったのである。

これから親鳥とともにカラスとして大空に羽ばたくその瞬間であったのにと思うと気の毒な思いはする。

 様子確認のため地面に落ちた幼鳥に近寄った私をみて、激怒興奮した親ガラス2羽の攻撃は激烈で私の頭の上に脚で蹴り掛り、髪をかき乱され、まるでヒッチコックの映画「鳥」のシーンに入り込んだかのごとき状態であった。

 


そして翌日、以前と同じように近隣に静かさが戻り、耳障りな鳴き声もなく乳母車を押す人、犬を連れた人、道行く人それぞれに平穏な日常が訪れた感じとなった。自宅の庭にはカラスと入れ替わりに、雀、カワラヒワ、ひよどりが帰ってきて明るい声でうれしそうにさえずり飛び回っている。

 

晴れ渡った空、新緑の樹々、さわやかな風、環境感覚はゲーテの魔王からモーツアルトかビバルディの世界のようだ。

 あっけない幕切れを迎え、カラスの賢さと子を守る必死の形相が目に浮かび、あれほど腹立たしい日々を過ごしたにも拘わらず、今は姿を消した二羽のカラスが気になって夕暮れの空へ視線を向けるのである。

 


この度、図らずも自宅の庭という身近か過ぎるほどの至近距離にハシブトガラスのつがいが巣を作り子育てをする事態に遭遇して1ケ月余の間、人間側としては決して平穏とはいえない日々を過ごした。人とカラスの関係については長い歴史があり、そしてこれからも同じ生活圏で共に生き続けて行くことになるとすれば、人はカラスの生態や行動の目的をよく知って対策をとることが必要でありましょう。

 

生活圏を大きく広げ、何でも食べながらたくましく生きるカラスは、過去の歴史を振り返ってみても絶滅とは無縁の鳥のように思われる。然しながら一方では、日本の国だけでも人間の活動によって多くの野生動物の種が絶滅しあるいは絶滅の危機にさらされ続けているという。

野性動物の多様性を保つこと、環境の維持、それらが人間にとっても重要であることを十分理解し意識を高めていきたい。   

                                                 (平成27年7月 記)

 


カラス類   動物大百科 鳥類Ⅲ

 分  布: 北極、南極、南米南部、NZ、太洋島の多くを除く世界中。

生息環境: 森林、農耕地、草原、砂漠、ツンドラほかさまざま。

サ イ ズ: 全長15~65㎝、体重80~1500g。

鳴 き 声: 耳障りな声や多少音楽的な声などいろいろ。

卵  :2~8個。地色は白、淡黄色、水色…。抱卵期間16~22日。

雛の在巣期間20~45日。

食  物:果実、種子、昆虫、小動物、ほかの鳥の卵、腐肉、残飯など。

寿  命:飼育のワタリガラスで29歳。死因老衰。野生の成鳥で10年以上生きることまれ。幼鳥3分の1~2分の1は1年以内に死亡。

縄 張 り:カラス科の大多数はなわばりをしっかり構えその中で繁殖。

いくつかの種では、つがいの相手はしばしば生涯変わることなく、なわばりの位置も毎年不変。

カラス対策(札幌市の対策)  

・札幌市の管理する公園、街路樹に営巣し威嚇している場合

     対策部署 各区の土木センター 

・自宅の庭木に営巣された場合

     該土地、樹木の所有者、その場所を管理する者が行う

・巣の中に卵、ヒナがいる場合の撤去

    市の許可が必要(鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)


■小林さんの記事にコメントがよせられました。

なるほど。巣立ちに失敗することがあるのですね。カラスの親の愛はわからないでもありません。でも、私も攻撃されたことがあるのでやはり怖いです。 それにしてもわかりやすく、読みやすい文章でした。(ファイナンシャルプランナー 横井規子)