◇◆◇霧多布湿原でエゾシカと出会う (2016.3.26)


 3月25日午前11時13分。釧路から根室へ向かう花咲線が駅のホームを静かに離れた。すかさず「この列車はエゾシカが多数出没する区間を走行します」との車内アナウンス。エゾシカとの接触事故の多さでは花咲線は道内トップであることは承知している。だが、まさか自分が乗客になろうとは考えたこともなかった。その私が車中の人となったのは、この日の午後行われる浜中消費者協会主催の学習会で講師役を仰せつかったからである。 


別保駅
別保駅
厚岸駅
厚岸駅


 最初の停車駅は東釧路。次が武佐。そして別保を過ぎたあたりから、周りの景色が一変してくる。なんとまア、ファンタスティックな!白茶けた木々が乱立する原生林。あちこちに折れ伏す倒木が侘しさを掻き立てる。黄褐色の濃淡が醸し出すモノトーンの世界。何処まで続くのだろう。地元の方々には見慣れた景色かもしれないが、よそ者は驚くばかりだ。映画館でファンタジー映画を観ているような気分になった。幻想的な風景を窓外に引きずりながらトコトコと二両編成の列車は走った。


車窓から
車窓から

「次は茶内です」とのアナウンスで私は降車の準備。リュックを背負って運転室の真後ろに移動した。前方の線路が遠くまで一目で見渡せる。突然、エゾシカ二頭が線路の右横に現れる。しかし、列車に気付いたのかUターンして林の中に消えていった。だが、これで終わりではなかった。いきなり、一頭のエゾシカが電車の僅か数メートル先を左から右へと横切ったのだ。近づく危険をものともせずに、悠然と線路を渡った。列車は急停車することもなく、何事もなかったようにゆったりと走った。よくぞ接触しなかったものだと私は胸をなでおろす。運転士さん、エゾシカ氏、双方ともに日常茶飯の出来事なのだろう。さすがはエゾシカ出没件数で群を抜く花咲線だ!だが、この決定的シャッターチャンスをモノにすることはできず、感心しただけで終わってしまった。あまりにも突然の出来事だったし、カメラはリュックの中で取り出す暇もなかったからだ。


 茶内駅に降り立つ。初めて訪れた地。駅の前には「ルパン三世モンキー・パンチ氏の故郷」という大きな立て看板。荒野の果てのこの町でルパン氏に再会するとは思わなかった。だけど、いつ見てもカッコイイわね。なんたってクールでダンディ!あー、思い出すなあ。アニメ放送を毎週楽しみにしていたあの頃。不二子ちゃんは元気かしら? 次元大介は? 銭形警部は? それに五ェ門もいたよね。懐かしいキャラクター達が頭をぐるぐる駆け巡る。だが、それ以上見とれている暇はない。私は仕事で来ているのだ。


三膳理事長
三膳理事長

 浜中消費者協会事務局の方が車で待っていてくださった。後でわかったことだが、この方は「認定NPO法人霧多布湿原ナショナルトラスト」理事長の三膳時子氏。見るからに明るく颯爽とした活動的な方だった。氏は霧多布に生まれ、霧多布に育ち、この地を誇りに思い、湿原保全に取り組んでいるという。いまは茶褐色一辺倒の湿原も夏になれば、白から黄色、そして紫へと花々が群生し、美しい姿に変わっていくのだと楽しそうに話された。高山でなければ見られない植物が、この低地に咲き誇るのだとも。白い花が咲けば心ときめき、黄色で華やぎ、秋の訪れを告げる紫色の花が咲く頃には不思議に心が落ち着いてくるという。色彩というものは人の心に影響を与える不思議な力を持つんですねと語られたしみじみした声が耳に残った。 


さて、今走っている道路は湿原を二分して作られたものだとか。町と地続きだったのにチリ津波で切り離され、島になってしまった場所もあるそうな。その島に架けられた橋も渡った。

 あ!エゾシカが立っている。車を停めてもらい、今度こそとカメラを取り出したものの、茫々と生い茂るヨシやススキに阻まれ、彼氏は見えなくなってしまった。この辺りには丹頂鶴も営巣するが、最近、幼鳥が育たなくなったという。原因はシカが移動することで出来るシカ道。キタキツネにとって都合がよくなり、鶴の幼鳥を襲うのだろうと地元の方々は考えているそうだ。 


2016.3.25撮影の霧多布湿原
2016.3.25撮影の霧多布湿原

夏の日 大坪氏が撮影した霧多布湿原
夏の日 大坪氏が撮影した霧多布湿原

 浜中町は漁業と酪農の町。町の自慢は猫足昆布と美味しい乳製品。牧草が上質なので、これを食い荒らすシカは栄養満点。霧多布のエゾシカ肉は美味しいですよと三膳理事長は笑われた。  

 学習会終了後、案内して下さったのは勿論、ご自身が理事長として事務を執る琵琶瀬展望台。木の香りも鮮やかなペンション風のロマンチックな建物。ここでは霧多布の自然を愛する専門家たちが働いていた。中には霧多布を愛するあまり、本州から移住してきた方もおられるとか。この法人のミッションは「この湿原を未来の子どもたちへ残していくこと」である。ご当地ならではの濃厚で温かい牛乳をご馳走になる。


琵琶瀬展望台
琵琶瀬展望台

 

右手に見えるのは浜中町の鳥をイメージした「エトピリカ」トイレです。

エトピリカという鳥は海鳥でカラスより少し小さくずんぐりとした黒い姿で、くちばしと足が赤い鳥です。

オスは飾り羽を付けた頭がきれいなんです。地元ではオイラン鳥と言われている鳥です。(解説:三膳理事長)

 



シカの侵入を防ぐ電気牧柵(琵琶瀬展望台)
シカの侵入を防ぐ電気牧柵(琵琶瀬展望台)

霧多布湿原センター(写真提供:三膳理事長)
霧多布湿原センター(写真提供:三膳理事長)

 

 次に案内されたのは、当法人が2005年4月から指定管理者として運営を任されている「霧多布湿原センター」。霧多布湿原が一望できる高台にある。といっても目の前にあるのは枯草のような褐色一面の世界なので、夏の美しい湿原の写真が載った絵葉書を買うことにした。撮影者である大坪氏にもお会いした。エゾシカHP掲載の許可を得る。 


 さて、旅行を通してエゾシカには何度も出会ったものの条件に恵まれず、撮影は叶わなかった。ただ、「霧多布湿原センター」のテラスの下に点々と散乱する黒い豆粒がエゾシカの糞だと説明を受けたので、これをカメラに収めてきた。エゾシカ記念写真は恥ずかしながらこれ一枚。それでも何も無いよりはマシだろうか。2泊3日の旅は終わった。


写真収穫はこれ一枚。「エゾシカの糞」
写真収穫はこれ一枚。「エゾシカの糞」

 

 ◆懐かしいルパン三世が出迎えてくれますよ。

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