◇◆◇夢あり!当別町のエゾシカ対策 (2016.6.2)


私たち道民は道庁が一生懸命シカを獲ってシカの生息数管理をしているようなイメージを持っているが、道庁は狩猟期間や一人何頭まで獲って良いかなどのルールを決めるだけ。実際に取り組んでいるのは民間である。2016.6.2 当別町役場を訪問。並川農林課長様を交え、同町のエゾシカ対策を担う「株式会社シンカン」向井正剛社長、「株式会社ジビエ工房の岩間勝社長のお二人と2時間にわたって懇談。捕獲の大変さと未来への夢をお聴きすることが出来た。


向井正剛社長と岩間勝社長
向井正剛社長と岩間勝社長

向井正剛社長の名刺には「北海道第001号 認定鳥獣捕獲事業者」とあった。認定鳥獣捕獲事業者とは、昨年5月に施行された「改正鳥獣保護法」で新たに盛り込まれた新制度。  

これまで、シカの生息数管理は、市町村が猟友会に依頼する許可捕獲(有害駆除)とハンターが趣味で行う狩猟に頼ってきたが、このままでは高齢化で狩猟者が減る中、増え続けるシカの食害を食い止めることは困難。そこで、窮余の策として考え出されたのが民間の力を活用しようという認定事業者制度だ。都道府県から認定されれば、狩猟とは無縁だった警備会社や建設会社、食肉加工業者なども自治体からの捕獲事業の委託を受けやすくなる。だが、認定されるには一定数以上の狩猟免許取得者や安全管理体制、捕獲実績などの条件を満たした企業や団体に限られる。2015年8月に、道内第1号認定事業者となった向井さんは、生まれも育ちも当別町。道猟友会の当別支部長でもある。


 

冬が苦手なシカ達にとって、町の面積の約6割を占めるという当別町の森林は絶好の越冬地となる。トドマツ(常緑樹)が多いからだ。冬でも落ちないトドマツの葉の下で彼らは冬を越す。当然、シカの個体数も多い。6月の出産時期を除き、この町では捕獲数は無制限。だが、当地の山は道東に比べ、山あり谷あり。捕獲は困難を極め、山の中を一日中歩き回っても一頭も獲れない日も多いという。昨年の捕獲数は120頭。町の基幹産業は農業なので、シカの食害は農家にとって死活問題。


水田が多いため、シカは稲の新芽を食べる。稲は倒れ、イモもカボチャも食べ尽くされる。だが、頼みの猟友会メンバーは僅かに34名。狩猟を専業にしている人はいないし、又、本業にはできない。これだけでは食べていけないからだ。ちなみに散弾銃の弾は一発当たり750円。射撃の練習も必要だ。ハンターとしての健康診断などその他の経費を考えると採算が取れないというのが実情。現在は農協の働きかけもあり、自分の畑は自分で守ろうとワナ免許を取得する農家の方が毎年2~3人はいるという。 

そんな現実を目の当たりにして、向井さんは「エゾシカの被害が多い郷土のために役立てば」との思いから認定鳥獣捕獲事業者としての申請を行った。本業は森林整備業だが、現在、(株)ジビエ工房社長である岩間さんと共にエゾシカを利用しての町おこしプランを考えているところだ。


岩間さんは、昨年5月に上質なエゾ鹿肉を提供するため生体の確保から専用工場での加工、販売まで一貫して対応できる株式会社「ジビエ工房」を創設した。駆除された後でごみ処理されるだけのエゾシカにこれでいいのかと疑念が尽きなかったようだ。捕獲しなければならない命であれば、せめて資源として利活用するのがシカ達への礼儀。地域の子供たちに命の大切さを教えたかったという。

今年、6月には直売所もオープン。9月には、広さ1ヘクタールの養鹿場開設に着工する。ジビエ肉の専門企業として新鮮な肉を安定供給できるようにするためだ。準備に忙しい中、ハンターの育成も手がけている。ハンターが少なければ需要に応えていくことはできない。ハンターから肉のスペシャリストまで揃えたジビエ肉のプロ集団であればこそ、良質なエゾシカ肉を提供できるというのが信念だ。 

岩間さんがこだわるのは、あくまでジビエ肉の提供。ジビエ肉の良さは一頭が一頭が野趣あふれた個性を持つ味であることだ。いつでも一定の味を提供できる家畜肉との違いこそが魅力。そのため、新設する養鹿場では捕獲したオスとメスを分けて飼養する。次の世代を誕生させないのだ(一時養鹿)。人の手で育てられる2世代目のシカは、もはや野生とはいえないからだろう。 


平成29年秋、当別町に道の駅がオープンする。若いお二人の夢は膨らむ。ここで当別町産のシカ肉を販売したい。ふるさと納税の記念品として活用できないか。民間企業の取り組みに道からの補助は無い。しかし、お二人はそんなことは気にしていない。エゾシカが当別町の特産品としてブランド化していくことを確信しているからだ。当別町は札幌に隣接、新千歳飛行場からは車で約1時間、旭川や苫小牧へも約1時間30分という地理的優位性がある。養鹿場がオープンすればエゾシカ観光のスポットとして、訪れる人々も増えるだろう。当別町の魅力は更に高まるはずだ。エゾシカ問題をビジネスとして解決していく。それが地域の貢献に繋がるとは何と素晴らしいことだろう。


そもそも当別町を訪問したかったのは、昨秋、北海道大学で宮司正毅町長のご講演をお聴きしたのがきっかけだ。当別町のまちづくりについて、「視点を変えれば未来が変わる」との力強い言葉があったが、まさに、当プロジェクトは宮司町長の理念をまさに地で行くもの。 

お二人の情熱を掻き立てる原点は、生まれ育った当別町の発展を願う郷土愛と此の地に生きている誇りだろう。だから、町政のPRも忘れない。その一つがヒグマへの対策。シカと同様、ヒグマの捕獲の担い手が減っている現実に、捕獲技術の継承を急がねばと町では猟友会と連携して、研修を行っているそうだ。これは画期的な事、我が町だけが実施しているのだと胸を張って語られた。養鹿場ができた暁には、全国に向け当別町を発信していきたいとのこと。夢が実現できる日はすぐ其処まで来ているように思われた。 


<宮司正毅町長について>

北海道大学での宮司町長のご講演は「グローバルから北海道のまちづくりを考える」というテーマだった。国際的視点を持って、地域で行動するという思想は、私たち研究会の想いとも一致する。ちなみに、宮司町長は、長年商社マンとして途上国アフリカでの経済発展に力を尽くされた方である。池上彰氏の著書「世界を救う7人の日本人」に詳しい記載がる。 


<追記>

筆者は2016年8月号の「北方ジャーナル」で、当「道の駅」が、まだ開業前にも係わらず、国交省から重点「道の駅」に選定されていたことを知る。宮司町長の卓越した先見性が国に評価され、期待されている事が一目瞭然である。(2016.8.1記)